親や配偶者が所有していた実家を相続することになった場合、売却すべきかどうかを悩んでしまう方は少なくありません。多くの思い出が残る実家であっても、維持・管理することは容易ではないので、「居住や賃貸の予定がない」という場合は、売却したほうが良いケースがあります。
この記事では、実家売却の具体的な手続きの流れから活用できる特例制度、注意すべきポイントまで詳しく解説します。適切に手続きを行い、税負担を最小限に抑えながらスムーズな売却を実現しましょう。
実家を相続したときの選択肢
実家を相続したとき、相続人には以下の3つの選択肢があります。
- 売却
- 賃貸
- 居住
それぞれにメリット・デメリットがあるため、家族の状況や将来の計画を総合的に考慮して判断することが大切です。ここでは、各選択肢の詳細を紹介します。
売却
売却は、相続人がすでに自宅を持っている場合や、実家が遠方にある場合に選択されるケースです。実家を売却して現金化することで、相続税の納税資金を確保できるほか、維持管理の負担から解放される点がメリットです。
また、相続人が複数いる場合は、売却代金を分割することで公平な遺産分割が可能になります。
賃貸
実家を賃貸物件として活用するという選択肢もあります。家賃収入を得ながら資産を保有し続けられるので、長期的に資産形成できる点が魅力です。特に、立地条件が良く賃貸需要が見込める地域であれば、安定した収益を期待できるでしょう。
ただし、賃貸経営には空室リスクや修繕費用の負担、確定申告による課税などの課題もあります。また、将来的に売却する予定がある場合は、借主との契約関係によって売却価格や時期に制約が生じる可能性もあることは押さえておきましょう。
居住
相続人自身が実家に住み続ける、または移り住むという選択肢です。思い出のある実家を手放さずに済むうえ、住居費を節約できる点がメリットです。
しかし、実家の立地や建物の状態によっては、通勤・通学に不便だったり、大規模なリフォームが必要だったりする場合もあります。また、固定資産税や維持管理費用といった継続的な負担も考慮しなければいけません。
相続した実家を売却する流れ
相続した実家を売却するときの流れは、以下のとおりです。
- 相続登記
- 価格査定
- 媒介契約の締結
- 売却活動
- 売買契約の締結
- 引き渡し
- 確定申告
なお、具体的な売却手続きに入る前に、相続人の確認や相続財産の調査、遺産分割協議を済ませておく必要があります。相続手続きの流れについては、以下の記事で詳しくご覧ください。
関連記事:自分で相続税申告をする方法|準備から申告の流れ、不要なケースを解説
1. 相続登記
遺産分割協議で実家を相続する人が決まったら、法務局で相続登記を行いましょう。相続登記は令和6年4月から義務化されており、相続開始から3年以内に手続きを行わないと10万円以下の過料が科される可能性があります。
相続登記が完了すると、不動産の名義が正式に変更され、売却手続きに進むことが可能になります。反対に、登記をしないまま実家を売却することはできないので注意しましょう。
※出典:法務局「相続登記・遺贈の登記の申請をされる相続人の方へ(登記手続ハンドブック)」
2. 価格査定
売却活動を始める前に、実家の適正な価格を把握するため、不動産会社に査定を依頼しましょう。複数の不動産会社に依頼することで、より正確な相場感を掴みやすくなります。
査定では、立地条件や建物の状態、周辺の取引事例、市場動向などが総合的に評価されます。築年数が古い場合は、建物よりも土地の価値が重視される傾向があるので、解体やリフォームの必要性についても確認できると安心でしょう。
査定価格は売り出し価格の参考となりますが、実際の売却価格は市場の反応や交渉によって変わってきます。また、相続税評価額と実際の売却価格には差があることが一般的で、通常は売却価格の方が高くなります。
3. 媒介契約の締結
信頼できる不動産会社を選定して、媒介契約を締結します。媒介契約には「一般媒介契約」「専任媒介契約」「専属専任媒介契約」の3種類があり、それぞれ特徴が異なります。
一般媒介契約では複数の不動産会社と契約できますが、不動産会社によっては積極的に売却活動をしてくれない可能性がある点に注意しましょう。専任系の契約では1社のみとの契約になりますが、より積極的な販売活動を期待できます。
契約期間は通常3か月程度で、期間満了時に更新・変更を選ぶことが可能です。売却価格に応じて、仲介手数料がかかる点に注意しましょう。
4. 売却活動
媒介契約を締結したら、不動産会社による本格的な販売活動が開始されます。インターネット広告や新聞折込チラシ、店頭での紹介など、さまざまな方法で購入希望者を募ってくれます。
内覧希望者がいる場合は、物件の魅力を最大限にアピールできるように、清掃やリフォームなどを行って準備しておきましょう。ただし、過度に投資しても回収できない可能性があるため、費用対効果を慎重に検討することが重要です。
5. 売買契約の締結
購入希望者が現れて、価格や条件面で合意に達したら、売買契約を締結します。契約書には物件の詳細や売買代金、引き渡し時期、特約事項などを記載します。
契約時は、手付金として売買代金の5〜10%程度を受け取ることが一般的です。契約後に売主都合で解約する場合は、手付金の倍返しが必要になるため、慎重に手続きを進めましょう。
6. 引き渡し
売買代金の残金決済と同時に、物件の引き渡しを行います。決済は司法書士立会いのもと、所有権移転登記と同時に金融機関で実施されることが一般的です。
引き渡し前には、買主と一緒に物件の最終確認を行います。「契約時と状況が変わっていないか」「設備等に問題がないか」を再度確認して、問題がなければ鍵を引き渡しましょう。
売買代金から仲介手数料や登記費用、印紙税などの諸費用を差し引いた金額が、最終的な手取り額となります。
7. 確定申告
不動産売却によって譲渡所得が発生した場合は、売却した年の翌年2月16日から3月15日までに確定申告を行いましょう。たとえ譲渡損失が生じた場合でも、他の所得との損益通算や特例適用を行うために、申告しておくことがおすすめです。
譲渡所得は、「売却価格-(取得費+譲渡費用)」で算出します。実家を相続した場合は、被相続人が取得したときの価格(不明な場合は売却価格の5%)が取得費となります。
確定申告のときは、売買契約書や領収書、相続税申告書などが必要です。特例制度を適用する場合は、それぞれの要件に応じた追加書類も用意しておきましょう。
相続した実家を売却するときに必要な書類と費用
相続した実家を売却するときは、多くの書類や費用が必要になります。
ここでは、準備しておくべき書類と費用について紹介します。
実家を売却するときに必要な書類
実家を売却するときに必要な書類は、表のとおりです。
タイミング | 主な必要書類 |
相続税申告 | ・被相続人の出生~死亡の戸籍謄本 ・相続人全員の戸籍謄本 ・相続人全員の印鑑証明書 ・遺産分割協議書 |
相続登記 | ・登記申請書 ・相続関係説明図 ・固定資産評価証明書 |
売却準備 | ・登記事項証明書 ・固定資産税納税通知書 ・建築確認済証・検査済証 ・耐震診断報告書 ・アスベスト使用調査報告書 ・測量図・境界確認書 |
売買契約 | ・本人確認書類 ・実印・印鑑証明書 ・銀行口座の通帳 |
確定申告 | ・売買契約書 ・領収書類 ・取得時の契約書 ・特例適用の証明書類 |
なお、実家や相続人の状況によって上記以外の書類が必要になるケースもあります。あらかじめすべてを用意しておく必要はありませんが、取得に時間がかかる書類もあるため、早めに準備を始めておきましょう。
実家を売却するときにかかる費用
実家の売却手続きの際は、以下のような費用が発生します。
- 相続税
- 印紙税
- 登録免許税
- 譲渡所得税
- 仲介手数料
- その他
ここでは、それぞれの目安をみていきましょう。
相続税
相続財産の総額が「基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)」を超える場合は、相続税が課されます。
相続税は、相続開始から10か月以内に申告・納付しなければいけません。税率は相続財産の金額に応じて10%から55%まで段階的に設定されており、相続人の数や配偶者の有無によって大きく変わります。
実家以外に相続財産がある場合は、全体の財産額で相続税を計算するため、実家単体での税額算出は困難です。正確な計算には専門的な知識が必要なので、税理士への相談をおすすめします。
関連記事:相続税の基礎控除とは?計算方法や間違えやすいポイントを解説
印紙税
印紙税は、売買契約書に貼付する印紙代のことで、売却価格によって金額が異なります。令和9年3月31日までは軽減税率が適用されており、具体的な金額は以下のとおりです。
- 500万円超1,000万円以下:5,000円
- 1,000万円超5,000万円以下:1万円
- 5,000万円超1億円以下:3万円
通常、売買契約書は売主・買主双方で保管するため、それぞれが印紙税を負担します。ただし、売主が契約書の写しで済ませる場合は、印紙税の負担を避けることも可能です。
電子契約では印紙税がかからないので、不動産会社によっては電子契約を推奨するケースもあります。
※出典:国税庁「不動産売買契約書の印紙税の軽減措置」
登録免許税
登録免許税は、不動産の名義変更時に課税される税金です。
まず、相続登記時に固定資産評価額の0.4%が課税されます。例えば、評価額3,000万円の実家の場合は、12万円の登録免許税がかかります。
売却時(所有権移転登記)の際は、固定資産評価額の2.0%(土地は令和8年3月31日まで1.5%)が課税されます。通常は買主が負担するため、売主の負担にならないことが一般的です。ただし、契約条件によっては売主負担となる場合もあるので、契約書の確認が必要です。
登記手続きを司法書士に依頼する場合は、別途で報酬(5万円〜15万円程度)がかかります。
譲渡所得税
譲渡所得税は、売却によって利益が生じたときに課税される税金です。
以下の計算式で算出され、所有期間により税率が異なります。
譲渡所得=売却価格-(取得費+譲渡費用) ・短期譲渡所得(所有期間5年以下):所得税30%+住民税9%=39% ・長期譲渡所得(所有期間5年超):所得税15%+住民税5%=20% |
取得費は、被相続人が実家を取得したときの価格(購入代金や建築費用)ですが、不明な場合は売却価格の5%として計算してもかまいません。相続時に支払った相続税の一部を取得費に加算できる「取得費加算の特例」もあります。
なお、相続した不動産の所有期間は被相続人が取得した日から計算するため、多くの場合は長期譲渡所得になります。
※出典:国税庁「土地や建物を売ったとき」
仲介手数料
不動産会社に支払う成功報酬で、宅地建物取引業法により上限が定められています。
成約価格(税抜) | 仲介手数料の上限 |
400万円超 | 「成約価格(税抜)×3%+6万円」+消費税 |
200万円超~400万円以下 | 「成約価格(税抜)×4%+2万円」+消費税 |
200万円以下 | 「成約価格(税抜)×5%」+消費税 |
仲介手数料は成功報酬のため、売却が成立しなければ支払う必要はありません。ただし、媒介契約期間中に売主都合で契約を解除する場合は、それまでの費用を請求されるケースもあります。
その他
実家の状況や買主の要求によっては、以下のような費用が発生する場合があります。
費用 | 内容 | 金額の目安 |
遺品整理費用 | 家財道具や生活用品の処分費用 | 10万円〜50万円程度 |
測量費用 | 境界が不明確な場合や、買主から測量を求められた場合に必要となる費用 | ・確定測量:30万円〜50万円程度 ・簡易測量:10万円〜20万円程度 |
解体費用 | 買主が解体を条件とする場合や、更地での売却を希望する場合に必要となる費用 | 100~150万円 ※一般的な木造住宅の場合 |
その他 | 書類の取得費用、振込手数料、税理士への依頼費用など | 10~30万円 |
これらの費用を合計すると、売却価格の10%〜15%程度が諸費用として必要になる計算になります。手取り額を計算する際は、上記のような費用についても十分に考慮しておきましょう。
実家の相続を売却するときに重要な3つの期限
実家の相続と売却には、法的に定められた重要な期限があります。
ここでは、必ず順守すべき各手続きの期限を紹介します。
相続放棄
相続放棄とは、被相続人のすべての財産(プラスの財産・マイナスの財産)を放棄する手続きです。希望するときは、相続開始を知った日から3か月以内に家庭裁判所に申述書を提出する必要があります。
借金が多い場合や、実家の維持費用が負担になる場合は、相続放棄を検討したほうが良いかもしれません。
ただし、実家の相続だけを放棄することはできないので、預貯金や生命保険なども含めてすべての財産を放棄することになります。また、相続放棄は原則として撤回できません。
相続放棄後であったとしても、相続財産管理人が選任されるまでは、実家の管理義務が継続する点にも注意が必要です。
準確定申告
準確定申告とは、被相続人の年初から死亡日までの所得を申告する手続きです。相続開始から4か月以内に、相続人が税務署に申告・納税を行います。
対象となるのは、以下のようなケースです。
- 給与所得者で年収2,000万円を超える場合
- 不動産賃貸業を営んでいた場合
- 株式等の売却益がある場合
- 自営業者 など
反対に、会社員で年末調整が行われる場合や、年間400万円以下の年休受給者でその他収入が20万円以下の場合は、準確定申告が不要です。ただし、医療費や生命保険料などの控除を適用したい場合は、準確定申告を行う必要があります。
相続税の申告・納付
続財産の総額が「基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)」を超えるときは、相続開始から10か月以内に税務署への申告と納税を完了させましょう。
この期限は絶対的なもので、延長は原則として認められません。期限を過ぎると延滞税が課されるうえ、小規模宅地等の特例などの優遇措置も適用できなくなります。
不動産の売却には通常3〜6か月程度かかるため、早期に売却活動を開始することが重要です。間に合わない場合は、延納(年払い)や物納(不動産での納付)の制度も検討できますが、要件が厳しく設定されていて利子税もかかる点に注意しましょう。
関連記事:相続税は延納・分納できる?可能になる条件やデメリットを解説
関連記事:相続税の物納とは?対象財産や手続方法、物納に適している人を解説
相続した実家を売却するときに活用できる特例
実家の売却時は、税負担を軽減できる特例制度の適用が可能です。
要件を満たせば大幅な節税効果が期待できるため、積極的に活用を検討しましょう。
空き家特例
正式名称は「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例」で、最大3,000万円の特別控除が適用される制度です。この特例を適用すると、売却益が3,000万円以下であれば譲渡所得税が課税されません。
なお、この特例は令和9年12月31日までの時限措置です。特例を適用するには、「一定の耐震基準を満たしている」「相続から譲渡まで事業の用、貸付けの用または居住の用に供されていたことがない」などの要件を満たす必要があります。
※参考:国税庁「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」
取得費加算の特例
相続税を支払った場合に、相続開始から3年以内に相続財産を売却すると、支払った相続税の一部を取得費として加算できる特例です。この特例を適用すると譲渡所得が減額されるので、譲渡所得税を軽減できます。
取得費に加算できる相続税額=その人の相続税額×売却した財産の相続税評価額÷(その人の相続税の課税価格+その人の債務控除額) |
例えば、相続税を200万円支払い、実家の相続税評価額が3,000万円、その人の課税価格が5,000万円の場合、「200万円×3,000万円÷5,000万円=120万円」が取得費に加算されます。
この特例は、基礎控除内で相続税がかからなかった場合は適用できません。また、空き家特例と併用はできないため、どちらが有利かを計算して選択する必要があります。
一般的には空き家特例の方が節税効果は大きくなりますが、要件を満たさない場合は、この特例を活用することになります。
※参考:国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」
相続した実家を売却するときの注意点
相続した実家の売却を検討するときは、以下の3つの注意点を押さえておきましょう。
- できるだけ早く処分方法を決める
- 共有名義は全員の同意が必要になる
- 相続前の売却も検討する
どのようなことなのか、詳細を説明します。
できるだけ早く処分方法を決める
相続放棄の期限である3か月を過ぎると、相続を承認したものとみなされるので、後から放棄することができなくなります。実家の維持費用や修繕費用を考えると、できるだけ早期に「売却するか・保有するか・放棄するか」を決断することが大切です。
空き家のまま放置すると、年間の固定資産税に加え、火災保険料、清掃・管理費用などが継続的に発生します。また、庭木の剪定、雑草の除去、雨漏りの修繕など、想定外の費用がかかることもあるでしょう。
共有名義は全員の同意が必要になる
複数の相続人で実家を共有相続した場合、売却には全員の同意が必要となります。一人でも反対すると売却できなくなるため、事前に全員の意思を確認しておくことが重要です。
さらに、共有者の中に認知症になった方が出た場合は、成年後見人の選任と家庭裁判所の許可が必要になります。後見人は被後見人の利益を最優先に考えるので、必ずしも他の共有者の希望通りの売却ができるとは限らないでしょう。
また、共有者が死亡すると持分の相続により関係者が増加して、さらに利害関係者が複雑になります。このようなリスクを避けるには、できるだけ早期に処分方法を決定し、必要に応じて持分の売買や交換などを行うことが重要です。
相続前の売却も検討する
親が健康で判断能力があるうちに実家を売却することで、相続時のトラブルを防ぎやすくなります。売却によって資産が現金化されれば、相続税の計算がシンプルになり、相続人間での遺産分割も容易になるでしょう。
生前売却の場合、「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例」が確実に適用できますし、所有期間5年超であれば軽減税率(20%)も適用されます。また、売却代金を年110万円の基礎控除枠を活用した生前贈与に充てることで、相続税の節税効果も期待可能です。
相続した実家の売却は専門家へご相談ください
実家の相続と売却には、相続法や税法、不動産取引など幅広い専門知識が必要です。
特に税務面では、適用できる特例制度の選択や計算方法によって、税負担が大きく変わる可能性があります。「空き家特例と取得費加算の特例のどちらを選択するか」「売却のタイミングはいつが最適か」「生前売却と相続後売却のどちらが有利か」など、個々の状況に応じた判断が大切です。
「相続税申告相談プラザひろしま」では、相続と向き合い30年以上の専門家が相続手続きのサポートを実施しています。実家の相続でわからないことやお困りのことがあれば、お気軽にご相談ください。