相続税の負担を軽減する制度のひとつに「配偶者控除」があります。これは、被相続人(亡くなった方)の配偶者が一定額まで相続しても、相続税がかからない仕組みです。
配偶者控除の上限額は、「1億6,000万円」または「法定相続分相当額」のいずれか大きいほうです。非常に節税効果の高い制度なので、内容を正しく理解して適用することで、税負担を大幅に軽減できます。
この記事では、相続税の配偶者控除の仕組みや適用要件、注意点について詳しく解説します。
相続税における配偶者控除は1.6億円
配偶者控除は、被相続人の配偶者が財産を相続するときに相続税の負担を軽減できる制度です。相続税を計算する際、被相続人の配偶者は、次のうちいずれか大きい金額までであれば相続税が課されません。
- 1億6,000万円
- 配偶者の法定相続分相当額
※出典:国税庁「No.4158 配偶者の税額の軽減」
例えば、相続財産が3億円あり、相続人が配偶者と子ども1人だった場合、それぞれの法定相続分は2分の1となります。そのため、1億5,000万円を相続する配偶者に関しては、相続税が非課税になるのです。
この制度は、「配偶者の生活を保障すること」と「夫婦で築いた財産に対する税負担を軽減すること」を目的に規定されています。配偶者は相続税を支払わずに済むケースがほとんどですが、適用にはいくつかの要件がある点に注意が必要です。
配偶者控除と配偶者特別控除の違い
先述したとおり、相続税の「配偶者控除」は、配偶者が一定額まで相続する際に相続税を軽減できる制度です
一方で、同じ「配偶者控除」という名称が所得税・住民税にも存在するため、混同しないよう注意が必要です。また、似た名称の「配偶者特別控除」という制度もあります。
それぞれの違いは、次のとおりです。
制度名 | 内容 |
配偶者控除(所得税・住民税) | 納税者に所得があり、配偶者の所得が年間48万円以下の場合に適用される所得控除 |
配偶者特別控除 | 配偶者控除が適用されない場合でも、配偶者の所得が一定範囲内(年間48万円超~133万円以下)であれば、段階的に控除が受けられる仕組み |
このように、相続税の配偶者控除と所得税・住民税に関する配偶者控除・配偶者特別控除は目的が異なります。相続税の節税対策を考える際は、相続税の「配偶者控除」に焦点を当て、適用条件をしっかり理解しておくことが大切です。
相続税の配偶者控除が適用される要件
相続税の配偶者控除を適用するには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
- 戸籍上の配偶者となっていること
- 申告期限までに遺産分割が終わっていること
- 相続税申告書を提出していること
それぞれどのようなことなのか、詳しくみていきましょう。
戸籍上の配偶者となっていること
相続税の配偶者控除を受ける方は、被相続人と法律上の婚姻関係になければいけません。つまり、いわゆる「内縁関係」や「事実婚」では、配偶者控除を受けることはできないのです。
例えば、長年同居していたパートナーであっても、法律上の婚姻関係がなければ、配偶者控除の適用は受けられません。別居している場合でも、戸籍上の配偶者であれば控除は受けられますが、離婚が成立していれば対象外となります。
また、結婚歴の長さや同居の有無は適用要件として定められていません。仮に結婚して間もない場合でも、戸籍上の配偶者であれば控除を適用できます。
申告期限までに遺産分割が終わっていること
配偶者控除を適用するためには、相続税の申告期限(相続開始から10か月以内)までに、遺産分割を完了している必要があります。
期限までに配偶者の取得財産が確定していない場合、または分け方が決まっていない財産については、配偶者控除の対象外となります。万が一、遺産分割が申告期限までに終わらないときは、「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出することで、遺産分割の期限を延長することが可能です。
家族関係が複雑だったり遺産が多かったりすると、遺産分割協議が長引く可能性が高くなります。期限内に完了させられるよう、早期から話し合いを進めていきましょう。
相続税申告書を提出していること
相続税の配偶者控除を適用するには、たとえ配偶者控除の適用で相続税が0円になる場合でも、相続税の申告書を提出する必要があります。申告しないと控除が適用されず、本来発生しなかったはずの相続税を支払うことになるので注意しましょう。
配偶者控除を受ける際は、以下のような書類が必要になります。
- 税額軽減の明細を記載した相続税の申告書または更正の請求書
- 戸籍謄本等
- 遺言書の写し
- 遺産分割協議書の写し
上記のように、相続税申告書に加えて、配偶者の取得した財産がわかる書類が求められます。また、相続税申告書には「配偶者控除の適用を受ける旨」と「配偶者が取得した財産の内訳」を記載しておきましょう。
配偶者控除の計算式
配偶者控除を適用するには、相続財産がどのくらいあるのかを正しく計算する必要があります。
配偶者控除を適用するときの大まかな計算の流れは、以下のとおりです。
- 基礎控除額を計算する
- 課税遺産総額を計算する
- 配偶者控除が適用されるか確認する
ここでは、各ステップについて詳しくみていきましょう。
①基礎控除額を計算する
相続税を計算するときは、法定相続人の人数に応じた「基礎控除」が適用されます。
基礎控除とは、相続税の対象となる財産を一定額控除できる仕組みです。相続税は、遺産の総額から基礎控除を差し引いた部分にのみ課されます。
基礎控除の具体的な金額は、次の式で算出できます。
基礎控除額=3,000万円+(600万円×法定相続人の数) |
例えば、配偶者と子ども2人が法定相続人の場合は、「3,000万円+(600万円×3人)=4,800万円」が基礎控除額となります。つまり、相続財産が4,800万円以下であれば、そもそも相続税は発生しないのです。
②課税遺産総額を計算する
課税遺産総額とは、相続財産の合計から基礎控除額を差し引いた金額です。文字どおり、相続税が課税される財産を指します。例えば、相続財産が2億円で基礎控除額が4,800万円なら、課税遺産総額は「2億円-4,800万円=1億5,200万円」です。
課税遺産総額には、現金だけではなく預貯金や不動産、株式、生命保険金などのさまざまな資産が含まれます。一方で、被相続人が負っていた借金や葬儀費用などは控除の対象となるため、差し引くことが可能です。
注意点として、被相続人の名義になっているものはすべて相続財産に含まれる点が挙げられます。そのため、「被相続人名義の車」「相続発生直前に引き出した現金」なども、課税対象として取り扱われるのです。
税務署は銀行口座の動きなどについても細かくチェックしているので、申告漏れがないように注意しましょう。
③配偶者控除が適用されるか確認する
最後に、配偶者控除を適用できるかどうかを確認しましょう。相続財産のうち、配偶者が取得した財産が「1億6,000万円」もしくは「法定相続分相当額」のどちらか大きいほうまでであれば、配偶者控除が適用されるので相続税は発生しません。
例えば、課税遺産総額が2億円で、相続人が配偶者と子ども1人の場合、配偶者の法定相続分は2分の1なので1億円となります。この場合、1億円は配偶者控除の範囲内に収まっているため、相続税はかかりません。
相続税の配偶者控除を利用する場合の注意点
配偶者控除を適用することで、相続税負担を大幅に軽減できます。ただし、制度の利用時は、以下のようなポイントに気をつけなければいけません。
- 二次相続を念頭において制度を使う
- 遺産分割協議をまとめておく
- 相続税が0円でも申告しなければならない
- 遺産分割協議中に配偶者が亡くなっても受けられる
- 遺産を隠した場合は配偶者控除が受けられない
どのようなことなのか、詳細をみていきましょう。
二次相続を念頭において制度を使う
配偶者控除を適用すると、故人の配偶者に課される相続税は大幅に軽減できます。しかし、財産を相続した配偶者が亡くなったとき(二次相続)は、配偶者控除ほど節税効果の高い制度は利用できません。そのため、子どもが相続する際に、相続税負担が大きくなる可能性があります。
例えば、一次相続(夫の死亡時)ですべての財産を妻が相続することで、相続税をゼロにできたとします。この状況で妻が亡くなると、二次相続の際の相続財産が多くなってしまうので、子どもの税負担がより大きくなる可能性があるのです。
このような事態に陥ることを避けるには、一次相続のときに配偶者と子どもがバランスよく財産を分ける必要があります。また、生前贈与の活用も有効でしょう。
相続税対策の際は、「一次相続」と「二次相続」の両方で発生する相続税を考慮することが大切です。
遺産分割協議をまとめておく
配偶者控除を適用するには、相続開始から10か月以内に遺産分割を完了させなければいけません。相続人同士で意見が合わないと、遺産分割協議が長引いてしまうケースは珍しくないので、できるだけ早期から取り組んでおくことが重要です。
万が一、期限までに遺産分割協議が完了しない場合は、「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出しましょう。ただし、この場合も3年以内に正式な分割が完了しなければ、配偶者控除は適用されません。
特に、相続財産に不動産が含まれていると、遺産分割協議が難航しやすい傾向にあります。「生前のうちに遺言書を作成する」「税理士に相談する」など、早めに対策することがおすすめです。
相続税が0円でも申告しなければならない
相続税の配偶者控除を適用することで、配偶者の相続税が0円になる方は珍しくありません。しかし、配偶者控除を適用するには、相続税が0円であっても申告が必要になる点に注意しましょう。
相続税の申告期限は、被相続人の死亡から10か月以内と決められています。この期間内に、配偶者が取得する財産の内訳や必要書類をそろえて、相続税申告書を税務署に提出しなければなりません。
期限後申告や修正申告、更正申告も認められてはいますが、期限を過ぎると延滞税や無申告加算税が発生する可能性があることは押さえておきましょう。
遺産分割協議中に配偶者が亡くなっても受けられる
相続発生後、遺産分割協議を進めている最中に配偶者が亡くなってしまった場合でも、配偶者控除の適用は可能です。ただし、手続きが複雑になるため注意が必要です。
配偶者が亡くなったときは、その配偶者の相続人(子どもなど)が代わりに遺産分割協議に参加します。このケースでは、相続が連続して発生するため、「一次相続(被相続人→配偶者)」と「二次相続(配偶者→子ども)」が同時に進むことになります。
場合によっては、相続税の負担が想定以上に大きくなることがあるので、税理士と相談しながら手続きを進めることが重要です。
※出典:国税庁「第19条の2《配偶者に対する相続税額の軽減》関係」19の2-5
遺産を隠した場合は配偶者控除が受けられない
相続税の配偶者控除を適用するには、税務署に対して正確に相続税申告を行わなければいけません。意図的に相続財産を隠した場合は、配偶者控除が無効になり、重いペナルティが科される可能性があります。
税務調査では、被相続人の銀行口座の取引履歴や、過去の資産移動まで詳しくチェックされます。特に、相続発生前に被相続人の口座から大きな現金の引き出しがあった場合や、不動産の所有権が曖昧な場合は、「財産の隠ぺい」とみなされるリスクが高くなるため注意しましょう。
また、相続税を申告した後でも、税務署が不正を疑った場合は「税務調査」が行われます。調査の結果、申告漏れが発覚した場合には、「過少申告加算税」や「重加算税」といったペナルティ税が課されるリスクはゼロではありません。最悪の場合、脱税とみなされて刑事罰の対象になることもあります。
配偶者控除の仕組みが難しいと感じたらご相談ください
相続税の配偶者控除は、配偶者の税負担を大幅に軽減できる制度です。しかし、節税効果が高いからこそ、適用要件や手続きに関して細かくルールが定められています。
正しく手続きができなければ、配偶者控除が適用されなくなる可能性があります。さらに、節税効果を高めるには、二次相続も視野に入れたうえで相続計画を立てることが大切です。
「自分で手続きできるか不安」「制度を効果的に活用したい」という場合は、相続を熟知した専門家に相談することを検討しましょう。
「相続税申告相談プラザひろしま」では、相続と向き合い30年以上の専門家が相続手続きのサポートを実施しています。配偶者控除で税負担を最小限に抑えるためのサポートも行っていますので、お気軽にご相談ください。